君がバラのために費やした時間なんだ

読書の秋とか言いながら、結局、小説を読んでません(笑)。あー、もう、私ってばいつもどおり過ぎるー。

でも、何かをという気持ちはあるんですよ。
そうしたら、いくつもの偶然が重なって、『星の王子さま』が気になりました。
で、本を手にしないまままた時間が過ぎていくので(苦笑)、「朗読CDを聴いたっていいんじゃない?」という気分になりまして。
あ。読書じゃなくなってる…。えーと、まあ、そこはいいってことに(笑)。ホントにいいのか?

『星の王子さま』は、記憶の糸をたどってみてもあいまいなことしか思い出せないけれど、アニメで見たのが最初だったような気がします。その後、小学生の高学年の頃に本を読みました。その次はいつだっただろう。高校生のときかな? もっと後だったかな? そして、直近は…といってももう何年も前だけど、香典返しやら法事やら欠礼はがきの準備やらがひと通り済んで、日常の静寂が戻ってきたとき。

最後に読んだときもやはり心に届くものがなくて、読み進めることに苦痛しか感じなかったというのが素直な感想。ところどころ作者の言わんとすることが理解できるけど、反発とか反論がわいてくることのほうが多くて、作品を楽しめなかった。
というのが今までの関係。世界の名著との関係がこんなでは、なんだか悔しいし、いつか自分が大人として経験を積んだときには名著として触れることができるかもしれない…なんてことを思ったものでした。

それからたくさんの時が流れ…。
楽しいことや嬉しいことよりもはるかに多くのつらいことを骨身に刻みつつ、数え切れない出会いと別れを通り過ぎて生きてきて、考えることや思うことも以前とは質もベクトルも大きく変わっているつもりの現在。
やっと『星の王子さま』を心で読むことができました。
あー、大人になったのね、私も。って、最初の感想がそれかい(笑)。と自分でも笑ってしまった。

それから。
『星の王子さま』を、子供に読ませるのはやめようよ。理解のある大人の助けなしに、人生を抽象的に理解するなんて、どだい無理な話だと思うわー。理解できるお年頃になってから読んでも十分。苦しくて、さびしくて、むなしくて、いかんともしがたいものを知ってから読むのでOKだと思いました。

フランス的な(と私がイメージしてる。実際のところはわかんない…^^;)言葉のやり取りは、今でも苦手だと思いましたね。語学のテキストを見ても、そんなことばかり思ってたけど、そこは今でも変わらなかったなー。
自問自答はやたらと多いのに、相手の問いには直球では答えないとことか。哲学書なんてそういうものだと言ってしまえばそうなんだけど。あと、単語のセンス。原著に当たっていないし、フランス語のセンスを知らないから分かるはずもないんだけど、フィルター越しに眺めてる感がどうしてもある。頭の中で、より的確な日本語は何かとを探さずにいられない。翻訳ものにはつきものなんだけど。
そう言えば、昔読んだ『クリスマス・キャロル』も、翻訳が良くなくて身もだえした覚えが…。最近の翻訳だともっと良くなってるかな? あるいは、映画で観ちゃおうかな? というのは余計な話ですね。^^;

この本の重要なキーワードの一つである「飼いならす」。
この言葉を使っているのが動物であるキツネだとしても、やはり違和感が大きい。
家畜ではないキツネが王子さまに、自分を「飼いならして」と言うんですよね。飼うわけじゃないのよねー。でも、「飼いならす」。

ざっくり説明しちゃうと…。「飼いならす」とはどういうことか分からないでいる王子さまに、キツネはこんな説明をします。

「僕は小麦を食べないから、小麦畑が広がっていても今まで興味はなかったんだ。でも、君が僕を飼いならしてくれたら、小麦畑は僕にとって意味のあるものになる。小麦が風に揺れるのを見るたびに、君の金色の髪を思い出すだろうからね。それは素敵なことだよ」(もも版めちゃくちゃ意訳)

キツネの言ってることは理解できるし、共感できる。だから余計に、「飼いならす」は違うなーと思ってしまう。だって、キツネと王子さまは友達になろうとしているんだもの。上下関係でも主従関係でもないんだもの。依存をはらむから「飼いならす」の? キツネと王子さま、パイロットと王子さまの関係は、「飼いならす」より「慣れ親しむ」じゃないのかなぁ。

今回、『星の王子さま』に手が出た理由の一つは、バラのくだりを今の自分はどう感じるかということに興味があったからでもあるんですが、バラとのくだりでも「飼いならす」は重要なキーワードになっています。

王子さまがもともと住んでいた星にあったバラは、気位が高く高飛車な態度を取る、最近の言葉で言うならツンデレな女なわけですが。デレなくてもツンデレでいいのかな? いいってことにしておこう(笑)。
そんなバラが、自分は世界に一つしかない花だからと、あれこれ世話をさせるわけです。

でも、王子さまはは他の星に行って、バラ園を見て、「こんなにたくさんバラがあるなんて」とショックを受ける。そして、たった一つしかないと思ったからこそ、バラのわがままな要求にも応え、せっせと世話をしていたのに、あのバラにそこまでしてあげる価値はなかったんじゃないかという気持ちが頭をもたげてしまう。

私にとってのバラはそこまでわがままでもないし、高飛車でもないし、「役に立たない」トゲで世界と戦っている存在でもないなー(笑)。なんて脳内で突っ込みをいれつつ…。

大事だと思っていたものに価値がないと懐疑的になっている王子さまに、友達となったキツネはこんなことを言うんです。

「庭園に行って、バラたちを見てきてごらん。君のバラは、世界にたった一つしかないバラだって分かるから」

バラの前に出かけていって、王子さまは語ります。
まるで、そもそも分かっていたかのように(笑)。どのタイミングでどう気が付いたのかはよく分からないのだけど。

「君たちは、僕のバラとは全然似ていないよ。君たちは、僕にとっては取るに足りない存在だ。飼いならされていもいないし、飼いならしてもいないもの。
会ったばかりの頃の僕のキツネみたいだ。あのキツネは、他の十万匹のキツネと同じ『ただのキツネ』だった。でも、僕はキツネと友達になった。今では、『世界に1匹だけのキツネ』だよ。
君たちは綺麗さ。でも、空っぽなんだ。誰も君たちのためには死ねない。もちろん、通りすがりの人は、僕のバラを君たちと同じだと思うだろう。でも、僕のバラはたった一つで、君たち全部を合わせたより大切なんだ。
だって、僕が水を掛けてあげたのは、あの花だから。ガラスの覆いを被せてあげたのも、つい立で守ってあげたのも、蝶々になる2~3匹を残して毛虫を退治してあげたのも、文句を言ったり自慢したり、ときどき黙り込んだりするのにさえ耳を傾けてあげたのも、あの花だけだから。なぜって、あの花は、僕のバラの花だから」(CDの文章にかなり忠実)

戻ってきた王子さまに、今度はキツネはこんな言葉を掛けます。

「君のバラを何よりも大切なものにしたのは、君がバラのために費やした時間なんだ」

…分かるなぁ。
見栄えがどうとか、希少であるとかないとか、花としての出来がいいとか悪いとか、そういうことじゃないんですよね。私がミニバラを愛しく思うのは、「バラのために費やした時間」を重ねたからこそなんですよね。バラ園で咲く素敵なバラにも心が躍るけれど、私に幸せな充足感をもたらしてくれるのは、ベランダで咲いているミニバラ以外にはありえない。
ぼんやりと心にあることをハッキリ他の人の言葉で言われると、思いが一層明確な形になっていく気持ちがしました。心にストンと落ちてきて、気持ちが良かった。
だから、その先のお話も、今回はなんだか素直に受け入れらたんですよね。

肉体を捨てる決意をしている王子さまが、王子さまの笑顔が好きだと言うパイロットが悲嘆にくれないように語った言葉…。

「夜になったら、星を見て。僕の星は小さすぎて分からないだろうけど、そのほうがいいんだ。僕の星は、たくさんの星のどれか一つ。どの星か分からないから、君はどの星を眺めることも好きになる。すべての星が、君の友達になるんだ。
たくさんの星のどれか一つに僕が住んでいる。どれか一つで僕は笑っている。だから星を見上げると、君には、すべての星が笑っているように見えるんだ。君は笑う星を持つんだよ」(もも版結構意訳)

特定しないことで星すべてが好きになるだなんて、星を見たら笑っている王子さまを思い描くことができると決め付けるなんて、ズルいなー。納得してない部分もあるんだけど、納得させられちゃっている自分がいる。初めてイヤじゃない気分で物語の最後を受け止められる気分です。




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CDとしての感想は…。
保志総一朗さんの王子さまはハマり役だと思いました。だって、保志の王子さまですよー?
という冗談はさておき、純真でもの悲しげな雰囲気が物語のイメージにピッタリ。パイロットが思わず抱きしめたくなった可愛らしさがよく出てました。
諏訪部順一さんの一語一語丁寧に発声する口調やスピードがとても聞きやすくて心地よく、あっという間に引き込まれてしまいました。あの文章がつむぎだす空虚で殺伐とした雰囲気が好きではなかったのに、あま~く優しい語りがそれをむしろ好ましいものに仕上げていました。足りないところだらけの文章に色を添え、甘い余韻まで残してくれて…。ナレーションのプロってすごい…。


この記事へのコメント

2009年11月10日
少し前に新訳ブームになりましたよね。
そのときワタシは誰の訳で読んだんだっけ…
「やっぱり他の作品同様『植民地宗主国のオトコ』な世界だなあ」ぐらいの感想(でもじつはスキ)しか覚えてないのだけど、
「バラのために費やした時間」
てのは確かに実感しますね。
ほかのヒトほど費やしてないけど^^
もも@管理人
2009年11月10日
◆Hirokazuさん
「植民地宗主国のオトコ」ですか。なるほどー。
今までの私は、「生きることも死ぬことももっと熱く生臭くてドロドロしたものなのに、霞を食べているブルジョワジーみたいなほわほわした戯言を言うでない」とか思ってました(笑)。あ、なんかこっちのほうが言葉がスラスラ出てくる。ってことは、やっぱり心の奥では今もそう思ってるんだわー。^^;
語りべの魔法にかかっちゃっただけなのかもっ。

大事なのは、他の人と比べることではなく、自分の時間や心をどれだけ注いだと感じているか、ではないでしょうか。愛情は自分の中でわいてきて、育つものなのではないかと。Hirokazuさんは、心を割いて、時間もwebスペースも割いて、十分バラのためにいろいろなモノを費やしていると私は思いますよ。
なんて真面目なこと書くと、かなり気恥ずかしい…。

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