昔から成功してたわけじゃない

この数年の間に知り合った人たちは、私が植物を育てるのが上手な人だと思っているらしい。
確かにここ数年は失敗より成功の数が増えたから、上手な部類に仲間入りできたのかもしれない。
でも、最初から、何でも成功していたわけじゃないですよ。

小学3年生のヒマワリを最後に、そこからなが~い不毛な時期が続きました。
種をまいても発芽しない。苗を買ってきてもすぐ枯らす。
親が借りた家庭菜園ではな~んにも育たなかった(うちのおとっつぁんにこそ大いに問題ありですけどね)。
そんなわけで、それから長い間、私には植物を育てる才能がないと思っていましたね~。

でも、ふと気がついた。
足りないのは才能ではなくて、知識と経験なんじゃないかって。

 
子供の頃は、親の知識に頼っているところが大きかった。
まぁ、なにせ子供ですからね、そんなものでしょう。
でも、うちの親は、こと植物の育成に関しては勘違いと無知の塊だったんですよ。今思えばね。
だから、親の言うことを聞いていても、ただの1度も成功しなかった。

で、植物の育て方の本を買って、自分で勉強すべきだと思ったわけです。
当たり前のことだけれど、それぞれの植物にはそれぞれ違う故郷があって、その環境に近づけるような育て方をするべきなんだってことがわかった。
そのときは、目からうろこが落ちる思いがしましたよ。
当たり前のことなんですけどね、失敗しているときは何が当たり前かがわかってなかったから。

で、植物を育てるのに1銭も使っちゃならんという親に逆らって、土や鉢、育成本を買って、育てるようになったんです。

蘭が翌年も咲いたときは、不毛の日々が終わったんだと、それはもう嬉しかったですよ~。

その後も何度も失敗を続け…ミニバラと運命の出会い(そんな大げさなものかなぁ…^_^ゞ)を果たし、心からちゃんと自分の手で咲かせられるようになりたいと思ったんです。

やっぱり、勉強するって大事です。
でもね、経験が少ないうちはいろんな知識に振り回されて、どうしていいのかわからなくなったこともありますよ。

故・鈴木省三氏の著書、あるいは京阪園芸小山内健さんの雑誌連載にしても、はたまた、野菜では一番信頼している上岡誉富氏の著書にしても、よく観察して植物の要求を汲み取りなさいと異口同音におっしゃる。

観察して、写真を撮って、それを元に比較しながらまた観察して…それを繰り返していたら、違いに気づけるようになっていて、植物を育てられるようになっていました。

それまでは無知だったうえに、逃げてたんだと思うんですよね。
虫がベットリついたらどうしていいかわからなくて放置していたし、不調にになったら、治そうとはしていなかったもの。

今はネットでもいろんなことが調べられるし、幸運にも問いかけに答えてくれる人々もいる。
もちろん直接頑張っているのは自分だけれど、知識を分け与えてくれた人にも支えられながら、今日もうちのベランダには植物が息づいているんです。
直接お礼を言う機会はなかなかないけれど、感謝してます。ありがとう。

この記事へのコメント

2007年01月17日
そうなんですよね!私も同感です。
だんだんと身についていくものですよね。
小学校のころ、私もひまわりを枯らしたり
しました。あのころから考えると、何気に
植物を育てるのがうまくなったかも…と
思うことがあります。まだまだ精進がたり
ませんが、植物と接するのって楽しいですよね^^
ももさんの育ててらっしゃるきれいなお花
とか、とても癒されます。
2007年01月17日
◆ヘミングウェイさん
私は、緑いっぱいのヘミングウェイさんのベランダを見ると、元気が出てきますよ。
同時に何種類もの野菜を限られたスペースで栽培されているのは、ホントに感心します。
鑑賞にとどまらず、生活の糧になっているのも、素敵だなと思っていますよ。
お互い精進していきたいものですね。
2007年01月18日
なるほど、面白い記事ですね。
私の両親は農家ですので、私も小さな頃からもろもろの栽培をこの目で見て来ました。だから栽培の知識は脳裏の片隅に残っていたようですね、何のためらいも無く屋上コンテナ菜園を楽しめてます。
経験と知識・・そうですそれが知恵になるんです。知識は紙の上でも出来ますが知恵は実践できて初めて価値が出ますね。
知識を重ねて知恵にして、もっと楽しく菜園できたらなって思ってます。
2007年01月18日
◆NAOさん
経験と知識が知恵になる…。
いい言葉ですね。
深く心にとどめておきます。
実践は楽しいものですね。
ときに苦労も伴うけれど、知恵で乗り切ることもできるし、乗り切った経験がまた知恵になる。
そうすると、実践がさらに楽しくなる。
そう思ってます。

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