残るもの

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軽度の認知症のおじいさんたちと話す機会がありました。

もちろん、そのまでの人生がいろいろなので、話し方も接し方も人それぞれです。どなたもいきなりフレンドリーにお話ししてくれるわけでもありません。ただ、お話しているうちに、より丁寧な柔らかい物腰になったり、親切にしてくれたり、頼りがいのある紳士になる人がいるんです。

「いいからいいから。その椅子は俺が片付けておくから。あんたが運ぶ必要はないよ。力仕事は女の人がやることじゃない」と言ってくれたのは、車椅子のおじいさん。毎日全面的に女性スタッフから介助を受けています。

「もう疲れたでしょう。代わりに書いてあげよう」と言ってくれた人は、車椅子で片麻痺のおじいさん。私の手元の字は、たぶんまったく見えてない。

「今日は雨だからね。そろそろ暗くなる前にお帰りなさい。気を付けて帰るんですよ? ああ、そうだ、タクシーを呼んであげたほうがいいかな? 今ちょうど若いのが出払っていて、悪いね。送ってあげられたら良かったんだけど」と言ったおじいさんは、話しているうちに、バリバリ仕事をしている時代に心が戻っていました。ちなみに、外は晴天の昼間。

頭の回路から抜け落ちたものがあるのに、紳士的な振る舞いはまだ色鮮やかに出てくる。そんなことを目の当たりにして、人って愛しいなと思いました。


そう言えば、田辺聖子さんが書いていたっけ。美貌と才覚は年齢とともに色あせてゆき、最後に残るのは愛嬌だと。

祖父の場合は気性の荒さが抜け落ち、頑固さとべっぴん好きが残りました。
祖母は家族への愛情と愛嬌が残りました。

私の場合、残るものがあるとしたら何だろう。きっと淑女の振る舞いは残らない…というか、元から持ってないし(笑)。祖母ほどの愛嬌もないし…。可愛げのない人になりそうだなー。^^;

この記事へのコメント

2015年11月10日
こんにちは、新しいブログにも来てくださって有難うございました!
今回の記事では考え込まされました。
田辺聖子さんの最後に残るのは愛嬌だという一文が心に染みますね。
症状が出て抜け落ちて行くとしても、気遣いや思いやりのスタイルは変わらなかったりするんですね。
私は何が残るだろう・・私はいい歳になってしまったけど、せめて愛嬌ぐらいは残せるように、
愛嬌ある人間にならねば!と思ったのでした。
重たいテーマですが、ももさんの優しい視点が感じられて良い刺激でした、また感謝です。
もも@管理人
2015年11月11日
◆さくらんさん
重いテーマでしたか。んー、そうですよねー。
おばーちゃんで、学校の先生に戻っている人にも何人かあったことがありますよ。毅然としていて、現役のときの姿が容易に想像できる雰囲気でね。仕事に生きた人なんだなーって、尊敬したのを覚えています。
今回も、私の場合大した鎧もまとっていないし、外側を一つずつ剥いたら大したものは残らないなーって、失笑してしまったのです。
さくらんさんは、まだむき出しの魂を育てている最中ですから、愛情と愛嬌をたっぷり仕込めますね!

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